satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

擦った。

車を擦った・・。

 

スーパーの駐車場から左方向に出ようと、ハンドルを切ったとき、あの車体が擦れる感覚がハンドル伝いに感じられたが、一瞬の出来事で、後戻りできない。

 

左側には、ブロックが一段積んであり、全く気付いていなかった。

 

子供2人と一緒で、普段は行かないスーパー。探し物がなく、次の店に移動する時だった。

 

普段と違うことが重なっていたからか。

もう、立ち直れない。

ショックを隠しきれない。

 

「また擦るかもしれないけら、このままで良いじゃん。」

 

「ガムテープでも貼れば?大したことなくて良かったじゃん」

 

慰めの言葉が

右から左に流れていく。

 

また、修理代が…。

 

まさか、年に2度同じようなとこを擦るとは。自分の仕業だが信じたくない。現実を認めたくない。怪我をしなくて良かったと、受け入れきれない。

 

なぜ?

なぜだ?

なぜまた擦ったのか?

 

考えても、分かるはずもないのだが、この事態を受け入れるのは、全治3日以上を要するだろう。自分で自分が、悔しくてやるせない。

意味のある徘徊

徘徊という言葉はあまり好きではない。

 

1人で遠くまで歩いて出かけると、徘徊老人扱い、買い物先でマイバッグに入れた商品をレジに渡すのを忘れると、犯罪者扱い。

 

「夜中に隣の男が玄関のチャイムを鳴らしに来て眠れないの」

「娘と喧嘩をして、もうここにはいられない」

 

その行為だけ見ると、徘徊や軽犯罪、幻視や幻聴、思い込みなど認知症の周辺症状とも捉えられる。困った周りの人間は、その行為を押さえつけようとしてしまう。

 

遅発性パラフレニーと診断された80代の女性。

 

徘徊が頻回になり、ご近所トラブルに発展。自宅で暮らすためにはご近所との関係性は重要であり、つい家族は本人を責め立ててしまう。一番不安なのは本人であるのに、家族がゆえに距離感が分からなくなることも多い。女性の行動を制限したことが原因かは不明だが、女性は次第に元気がなくなり、瞼や頬、額などに何か黴菌が入り込んだようで腫れあがり、なかなか治らなくなってしまった。

 

毎月の訪問時が、唯一女性と一対一で向き合える時間だった。

 

毎回、昔のことを繰り返し話されるが、よくよく聞いていると、子どもの頃や結婚当初、家で怖い目に遭い逃げたという話が出てくるようになった。

 

もしかして、何か怖い目に遭ったから一人で家にいるときに思い出して、逃げるように出かけるようになり、それが徘徊といわれる行為になっているのではないだろうか。。

 

娘さんにお会いした際に、その話をすると、「実は・・」と語り始めた内容に衝撃を受けた。

 

幼少期継母から逃げるように親戚の家へ行っていた。結婚当初、親戚に家で包丁を突き付けられて逃げ出した。夫は昼間から飲酒し、子どもにも手を上げていた。玄関先にお客さんから火をつけられたことがあった。

 

娘が年頃の頃、隣家の男が夜間、娘の布団に入り込んだ事件があった。

 

単に認知症が原因だろうと思っていたが、女性の言動には過去の辛い経験がリンクしていることが分かった。火のないところに煙は立たずで、ふとした時に過去の恐怖体験がよみがえり、さも現実の事のように妄想にすり替わるのかもしれない。女性にとってはそれらの恐怖体験は今現実に起こっていることで、恐ろしいに違いない。なのに、周囲の者は理解してくれずに、女性がおかしいという。

 

そんな辛いことがあるだろうか。

どんなに心細いだろうか。

 

認知症を詳しく学んだわけではない、素人考えではあるが、意味のない徘徊なんてない。そう思えてならない。

リンク先が分かっても、24時間女性を見守っていることはできず、結局は施設入所を検討されることとなった。

 

今の私は、ただ話を聞いて頷くことしかできない。それで、女性の気持ちが少しでも軽くなることを願って。

息子と粉クッキー

私は人に鞄の中身を見られるのには、抵抗があるが、高二の息子は、「勝手に見ていいから、弁当箱出して」という。

 

理解できない。。

 

そんなある日。

リュックの底から、なんだか可愛くラッピングされた形跡のある小ぶりのビニール袋が二つ出てきた。中には、粉々になり原型を留めない粉が入っていた。

 

ピンとくる自分も嫌になるが、笑みが溢れる。

 

おそらく

彼女に手作りクッキーをもらい、帰宅中にリュックの中で押しつぶされ、ホロホロのクランチされた粉クッキーと化したのだろう。

 

ちゃんと、ありがとうと言えたのかな。嬉しかったのかな?

 

山ほどある聞きたいことを、そっと胸にしまい、普段なら捨ててしまう正体不明なビニール袋を、そっと机に置いた。

 

翌日、机に置かれたホロホロのクランチクッキーは、少し減っていた。

 

食べてくれたんだ。

 

何故だか私も嬉しかった。

 

弁当なんて平気で残してくるのに、やはり、好きな子の作ってくれたものは、大切に食べるという気持ちを持ち合わせていたようで、一安心した。

感心感心。

 

どちらかと言うと、私もお菓子を作ったりする質であり、まだ見ぬ彼女も彼のためにクッキーを作ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。

 

(ただ、男子というものは、大切に持ち帰り、クッキー自体を味わうことは重要ではなく、おそらく作ってくれた気持ちは受け止めているのだろうと思う。そこの感性が女子と異なることが多く、もどかしさも感じる。彼を育てていて、ようやく理解した。)

 

高校生の今しかできないことを、思う存分楽しんで欲しいと思っている。

 

できれば、弁当も残さず食べてくれたら嬉しいのだが。まぁ、仕方あるまい。

zoom

介護支援専門員の研修も

専らZOOMでの開催となっている。

先日も、数百名で講義を受け

ブレイクアウトルームにてグループ討議となった。

 

通常の研修時でさえ

グループ討議で司会者、発表者を決めるのは至難の業

できれば引き受けたくない・・

 

今回のブレイクアウトルームには私を含めて4名の参加だった。

とりあえず練習として10分間の猶予が与えられ

自己紹介と司会者など決めるよう指示があったが

小さな小窓に移る参加者は

誰も何も口を開かず

ただじっと画面を見ていた。

 

誰か主催者側の人間がいて

司会を回してくれるのかと思っていたら

どうやら皆同じ参加者だったらしい。

やはり画面越しには雰囲気を推し量りづらい

 

自分の画面が一番左に表示され

(皆そうだと思うが)
一番に発言せねばならぬ重圧に耐えきれず

 

「じゃ、私から自己紹介いいですか?」

 

と切り出すと

皆一様にうんうんと頷いてくださる

 

まだこの職について3年目

明らかに先輩であろう方々を差し置いて

口火を切るのは気が引けたが

女性ばかりのグループは

私も含めて互いに様子を見がちとなる

 

まして口下手で人見知りの私は

今まで司会者や発表者なんて避けてきた

 

もう私で良ければどうにでもなれ

の勢いでグループワークは無事終了

 

「どなたか発表してくださいます?」

また皆一様にフリーズ。

 

確かに

私でもそうすると思う。

 

参加者からは

顔が良く見えて意外にスムーズに参加できた

わざわざ会場に行かなくても良いので良いと思う

という声もあったが

画面越しでは、臨場感がないため

その場の雰囲気で動く感覚が乏しく

どうも、まだ慣れない

 

ただ、

ZOOMやアプリを活用すれば

遠方の家族とも顔をみながら会議ができ

事業者間でも利用者様の情報共有を

各々のタイミングで瞬時にでき

状態を映像で共有できる

重いパンフレットや台帳を持ち歩かずとも

タブレットで案内できる

スケジュール管理も同様

 

今は個人の端末で似たようなことをしているが

セキュリティーの問題や通信量も発生する

 

利用者様の自宅に伺い生活状況を確認するのは

やはり目で見て、空気や温度を感じなけばならないと思うが

情報共有などは

これからますますICTが活躍していくのだろう

 

PC苦手だから分からない

なんて言っている場合ではない

分からなければ学ぶしかない。

もう動き出しているのだから。

 

人間とICTの共存が重要だと感じている。

献血

なんとなく思い立ち

4年ぶりに献血に行った。

 

前回は、献血中に手足先の末端から硬直して怖い目にあった。理由はわからない。

恐る恐るの再挑戦。

 

献血はネット予約対応になっていた。

時間指定し、蜜も回避。

タッチパネルで問診票を入力し、医師の問診に、採血、そして採血ルームへとスムーズに流れる。

 

定期的に献血に来る常連さんも多いようで、看護師さんと親しげにされている。

こちらは、やはり血管にあの太い針が刺されるのは怖いもので、余裕などない。

 

採血台は、適度な角度がありテレビもちょうど良い角度に設置され、居心地が良かった。

何せ、こんな長い時間、ゆっくりと何もせずにいることは最近は滅多にないため、懐かしい感覚でもあった。

 

動きたくとも動けないのだが、今の自分には心地よい時間であり、一休みする大切さを思い出す。

 

温かい飲み物と冷たい飲み物、封を切ったお茶菓子まで用意され、指定通り、こまめに水分補給をし、無事に成分献血終了。

 

そういえば

 

学生時分に献血に行く際は、ルームに置かれている食べ放題のお菓子や飲み物目当てという邪な気持ちであった気がする。時には、冷蔵のクレープみたいなのもあった気がする。お土産も豪華だったような。

 

今更ながら、こんな私でも誰かのお役に立てたら、とても嬉しい。

人間

災害時

救助にあたる消防や自衛隊の方々には感謝の気持ちでいっぱいになる。どれだけ世の中が便利になり、AIやロボットが発達し、交通網が整備され移動が速くなっても、ネット環境が整備され、瞬時に情報発信できるようになっても、大量の土砂をかき分けたり、きめ細かな捜索をしたり、その手を握って救助できるのは、人間のみ。

 

もし、私が男性で若くて体力がある者ならば、あの場に行って救助活動に協力ができるのに。

ただ、こうしてテレビの前で案じるばかりで、何もできない。なんて無力なのだろう。

 

初めての出産の際

とにかく、いかに痛みを伴わずに出産するか、そればかりを考えていた。生むことばかりに気をとられ、その後のことなど考える余裕もない。それだけに、出産後、自分の体から母乳が出た時に、驚いた記憶がある。人間って、本当に母乳が出るんだ。私でもそうなんだ・・。

 

電化製品に囲まれ、エアコンの利いた快適な生活環境、機械化に慣れ過ぎていて、本来の人間の生理である出産を経験した際に、改めて自分が人間なんだと認識したように思う。不思議な感覚であった。

 

転倒し顎を数針縫った際

原始的に歯ブラシで傷を洗い流し、糸で縫われた。数週間後、ぱっくり割れていた傷口は融合し、いびつながらもくっついていた。皮膚は再生し、新たな組織が作られる自然治癒能力。生きている。

 

そもそも

食べたものが体を作り、活動のエネルギーになる。それは車のようにガソリンだけではなく、PCのように電気だけではなく、特定の何かではなく、食物であれば、どんな形の物でも、どんな種類の物でも、栄養バランスはさておいて、口から取り込み、体の中でエネルギーに変換される。とても不思議で効率的でもある。

 

暮らしが豊かに、便利になって、冷たい機器類に囲まれる生活になっても、人間は人間であり、うまくバランスをとって生活できればよいのかもしれない。私は、まだ時々、戸惑ってしまう。

1人カラオケ

前回はいつ行ったか記憶にも無いほど

久しぶりに出かけた

1人カラオケ

2時間フリードリンク付396円。

 

1人なので我が儘放題、好きな曲をジャンジャン入れていく。とは言え、若い頃のようにヒットソングばかりとは言えず、やはり自分の青春時代の曲に落ち着く。

 

本人登場なんてのもあり、歌詞を追う度、画面を見ながら気が付いた。

 

あの頃の雰囲気が半端がないのだ。

 

時代は流れて、世の中はアップデートされているのに、歌詞の背景に流れる映像は、あの頃のまま。

どこか、くたびれて見えた。

 

確かにあの頃、あの時代に、あんなヘアスタイルや洋服を着て、あんなメイクをして、あの場に存在し、生きていたのだ。

 

私の青春時代は、小室ファミリー全盛期であった。

 

あれから20年、時は流れた。

あの頃の自分と、今の自分が対峙する。

 

違和感を覚える程、昔のことになって、私、歳をとったんだわ。

 

何も変わらないなんて思っていたけれど、映像として20年前を見ると、目を逸らしたくもなる。

 

こうやって、平気で1人でカラオケに行けるのも、歳を重ねた証だろう。

 

でも、でも、でも、でも

 

健康で若い身体は魅力的だが、戻りたいとは思わない。

やり直す体力もないし、気力もない。

 

あるがまま、歳を感じたとて、それも私なのだから、仕方があるまい。

ヒットソングは歌えずとも、他の楽しみ方も知っているし、今更焦ることもない。

 

396円で1人貸切でカラオケできるのは、ありがたいが、なんだか店員さんに申し訳ない気もした。