satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

ガン末期自宅退院

個人情報を口外してはならないのは100も承知だ。ただ、抱えきれないことが増えている。ケアマネ個人では抱えきれない感情。個人を特定できない範囲で、自分の気持ちを落ち着かせるために綴りたい。なんとも自分勝手なことだとの認識もある上で。

 

40代前半の末期がんの男性。

 

幼稚園の息子さんと新小学一年生になる娘さん、そして男性の身体の半分ほどしかない華奢で愛嬌の良い可愛らしい奥さん。

 

訪問診療先からの依頼を受けた翌日、男性の自宅退院に合わせて、訪問看護福祉用具事業者さんと訪問した。皆、初対面である。

 

高台にある新築の自宅は、リビングの壁一面の大きな窓から、市街地が一望できた。窓一面が大きな絵画のようで、吸い込まれそうな感覚に陥る。そのリビングに自費レンタルされいたベッドが置かれ、男性は数個のクッションで体を支えベッドから窓の外の景色を眺めていた。1日見ても飽きないであろう壮大な景色だった。

 

今日から毎日、医療保険で介入する訪問看護。男性は在宅酸素に加え、腹部ポンプで持続的に医療用麻薬の投与が開始となり、24時間訪問体制の整備された薬剤師により麻薬の管理を受ける。

 

子供たちは、見知らぬ大人の訪問に驚いた様子もあったが、すぐに大事なぬいぐるみを見せてくれたりとほっとする空気感も漂う。

 

ただ、終始男性は背中を向けたまま、看護師の介入さえ拒否され、妻を中心に話が進んでゆく。ケアマネが支援する部分は、介護保険での福祉用具利用。現在、要介護1であり、ベッドや車いすのレンタルは不可。妻の希望で介護保険区分変更申請し、保険的な意味でも主治医へ意見を求め市へ例外給付の申請も合わせて行うこととした。高さ調整、背上げ、足上げができるベッド、立ち上がりができるよう介助バー、床ずれ予防のマットレス、トイレの手すり、車いすなどのレンタル、シャワーチェア、ポータブルトイレの購入。生活環境を整える。医療面は訪問診療、訪問看護、薬剤師が支援する。

 

その日、男性は妻へ何か飲みたいと注文し、妻は高台から歩いて川沿いのコンビニまで買いに走られた。

 

翌日、介護保険の認定調査員が訪問。ガン末期と報告しており、申請翌日に調査に来られるとは異例のスピード感。市も配慮してくれているようだった。男性はベッドに腰かけ調査員の質問にかすれた声で答えられる。午前中は体調が悪いようだったが、昨日は子供たちとシャワー浴ができたらしい。トイレまでも一人で歩いて行かれ、奥さんも驚かれていた。

 

翌々日、福祉用具利用を目的とした担当者会議開催。(そのまま市役所へ例外給付の申請に行き、事前相談していたこともあり受理され、ほっとする。)

 

昨夜、男性は痛みで寝ることができず、奥さんは一晩中、背中をさすって二人で朝を迎えた。朝、子供たちは近所の男性の実家に預け、つい先ほど、眠ったところだと、男性は椅子に腰かけ、ダイニングテーブルに両手を組み額をつけて寝ておられた。福祉用具事業者さんと、起こさぬように小声で話を勧めた。途中、訪問看護師さんが来られたが、今は寝かせてあげましょうと、再度訪問くださることに。数分後、薬剤師さんも来られ、事情を説明したが、薬剤師さんは薬を渡すだけですからと、寝ている男性のテーブルに薬のカゴを置き、妻に説明を始めた。案の定、男性は目覚めたようで、時折頭を動かされる。

 

皆帰宅したあと、奥さんの話を伺った。

 

男性のガンが分かってから自宅を新築されたと。なぜか?賃貸に住んでいたら、いつかはその部屋を出ていくことになり、家族で過ごした場所がなくなるから。男性はガンの診断があり、住宅ローンは組めない。奥さんは自分で65歳までのローンを組み、署名する際には手が震えたと。自宅は男性の実家の近くを選ばれた。笑顔で気丈にふるまわれる奥さんにかける言葉が見つからなかった。まして男性にかける言葉も見つからずなるべく音を立てないようにあいさつのみにとどめる。必要とされる支援に徹する。奥さんが話したいことを話してくださるよう、平常心を装いしばし同じ時を過ごした。

 

翌々日。明け方に、訪問看護師さんから緊急訪問したとの連絡を受ける。来週は娘さんの入学式。男性は酸素などが付いた姿での参加に抵抗があり、学校側がリモートでの参加を段取りしてくれたらしい。自宅の階段にかけられていた娘さんの真新しい制服が目に浮かんだ。学校の配慮にも心が温かくなる。

その日の昼過ぎ、訪問看護師さんから、つい先ほど亡くなられたと連絡を受ける。家族で見送ることができたと。

 

あまりにも急な知らせにたじろいだと同時に一刻でも早く、奥さんのもとに駆け付けたい衝動にかられた。とはいえ、ケアマネが駆け付けたからといって、何をすることもできないし、かえってご迷惑になることも分かっている。事業所から車で3分ほど。初めてご訪問してから4日目、高台にあるそのご自宅に向かった。小雨が降っており、眼鏡が曇る。自宅の前に到着し、ご迷惑ではなかろうかとしばらく悩んだが、玄関のチャイムを押していた。

 

奥さんは目を真っ赤にされながらも、しっかりとした表情でご挨拶くださった。「家に帰ってこれて良かったです」と。