ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

眼鏡

寝ている間のみコンタクトを付けて眼球を矯正すると、近視の進行が抑えられる治療法があるらしい。

 

保険外のその治療法を、眼科医はしきりに勧めてくるが、私にはまったくその気はなかった。近視の進行を一時的に抑えられても再発する可能性もあるし、眼鏡がそれほど悪い物とも思っていない。現に私も中学生から眼鏡のお世話になっている。

 

まさに今中学生の

娘の眼鏡を作りに行った。

 

以前は、メガネ専門店が主流で高額のイメージであったが、今は買い物ついでに購入でき、流行りの物も安価に手に入る時代。

 

2人で店内を眺めるも、たくさんありすぎて決めきれず・・・。店員さんに声をかけた。

 

こちらの要望を伝えると、店員さんは入り口の商品を紹介してくれる。なるほど、売れ筋は店頭に並べるのよね。売れ筋といっても多種類あり、色も形も微妙に異なる。

 

(ここ数年は、買い物先では、店員さんに尋ねることが事が多い。商品の知識は豊富だし、自分では考えつかない提案をもらえることもある。第一、尋ねられた店員さんが生き生きと商品説明をしてくれると、プロ意識を垣間見たようでこちらも嬉しくなる。やりとりも何だか楽しいし、「ではそれをください」と言った時はお互いに満足感さえ感じる。迷惑な客かもしれないが・・)

 

娘は、最初に私が手にした眼鏡をさし「これで良い」と一言。

 

「え?本当に良いの?もっと悩んで良いんだよ。他にもたくさんあるし、ゆっくり選びなよ」

「いいよ、これで」

 

自分の買い物ならば自己責任であるが、娘のものとなると、少しでも良いものをと思ってしまう親心。たまらず、店員さんにアドバイスを求めると、「顔の幅にも合っており良いのでは」とのこと。

 

たしかに、その眼鏡はレンズが少し大きめで、よくテレビでも見かけるいわゆる”今っぽい”デザイン。娘がかけると、たちまち”最近の若い女の子”に見えた。

 

「うん、これが良いね。可愛いじゃない。私も欲しいな」

 

数十分後、眼鏡が出来上がり、かけ具合をチェックしてもらっている娘を見て、いつの間にか背も高くなり、大人の女性に近づいているようで、とても嬉しくなった。

 

幼いころはプリンセスが好きで、古着をドレスにリメイクし、キラキラ光る棒なんかをもって遊ぶものだったが、いつの間にか、テレビを見ては批判する発言をしたり、自分の意見をはっきりと言えるようになってきた。もちろん、服の趣味も変わり、一緒に過ごす時間も少なくなってきた。

 

寂しいようで、でも嬉しい。

いつまでも子供じゃない。

自分というものを探す旅に行かなければならない。

 

さぁ、眼鏡を作って世界が鮮やかに見えるようになったことだし、旅に出かけておいで。