ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

JR

久しぶりにJRに乗り

市街地を目指した

 

ここ数十年は車通勤となり

公共交通機関

滅多に利用する機会もなくなっていたから

新鮮な気持ちだった

 

もちろん

列車は決まった時間に

ホームへやってくる

時刻表に

こちらが合わせなければならない

都会とは違い

1本乗り過ごすと

数十分待たなければならないから

 

そして

決まった線路を走り

決まった時間に目的の駅に到着する

 

時刻表にこちらが合わせる

 

という感覚も

学生時代以来で

いかに今の自分が

身勝手な生き方をしているのか

身に染みた

 

車通勤は

こちらの都合でどうにでもなる

その反面

定刻に目的地に到着する

確実性もないのだが

 

人目も気にせず

ラフな格好で外出でき

車内は自分だけの空間だ

 

他人と同じ乗り物に乗る

そこは公共の場という場面が

久しぶりで

心地よい緊張感を抱きながら

車窓を眺めると

以前にはなかった

豪華な分譲マンションが多いことに

驚いた

 

同じ場所を車で通るときには

気づかなかったが

車窓からの景色は

まるで都会のようで

変化していないのは

自分だけのような気もした

 

高校生は

ほぼ100%スマホを見るか

音楽を聴いている

 

色んな年代の人々が

乗車しては降車していき

その姿を

じっくりと観察する

 

車通勤では味わえない

社会というものとの

つながりを感じながら・・

 

車通勤では

自分が運転しなければならないから

周りを見る余裕もないのかもしれない

 

同じ町に住み

同じ景色を見ているはずなのに

少し違う場所から

少し違う視点で眺めてみると

全く違う世界のように感じる

 

行き交う人たちも

同じ町の人間なのに

どこか違って見えた

 

結局

よく見ているつもりでも

何も見えていないのかもしれない

 

若しくは

自分がどんな気持ちでいるかによって

同じものでも違って見えるのだろう

 

 

子供が小さい頃には

よく散歩をしたものだった

道端の草花をちぎっては

替え歌なんかを歌ったりして

木々の緑の匂いをかいだり

畑で育つ野菜に四季を感じたりして

ゆっくりとした時が流れていた

 

同じ道を通っているはずなのに

車で走ると

全く違う世界のようだ

慌ただしいスピードで日々が流れていき

そこにあるはずのものにも気づかない

 

見ているようで

何も見ていない

見ようとさえせずに

いつしか

見ることを忘れてしまう

 

少し立ち止まって

周りを見回す余裕を持てたら

世界の美しさに

また気づくことができるのかもしれない

 

私は

何を行き急いでいるのだろう

何を早く早くと焦っているのだろう

 

人生も折り返し地点を過ぎたから?

 

それだけだろうか・・

 

翌日

昨日乗った列車と同じダイヤの列車が

踏切を横切っていった

 

昨日は

私あの列車に乗っていたんだ・・

 

その列車は

毎日決まった時間にホームに入り

決まった時間に目的の駅に到着する

乗車している人は違えど

私が何をしていようと

ダイヤの改正がない限り

同じ時間に運行している

なんだか

不思議な感じがした

 

自分が生活している範囲なんて

ちっぽけなもので

その中でしか動けないなんで

なんだかとてももったいない気がする

 

そんなちっぽけな世界の中での悩みなんて

他の世界から見てみると

とるに足らないもの

 

私の知らない世界の方が

この世には多い

 

JR一つとってもそう

 

少し行動範囲を変えるだけで

何かが変わって見えて

凝り固まっている自分に気づく

 

たまには

いつもと違うことをするのも

楽しいもの

 

それは

他人にとっては大したことはないだろうけど

私にとっては

良い刺激となっていた