ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

祖母の浴衣

職場の夏祭りがあった

 

例年

浴衣の着付けをしてくれていた

上司の退職に伴い

女性陣は

少しざわついてもいた

 

誰が着付けをするのか問題・・

 

実は

私は浴衣の着付けを

母に習ったことがあり

自分でそれっぽく着ることはできる

習ったと言っても

母も祖母から習ったものだったのかもしれない

 

しかし

上司がいる間は

着付けしていただくのが礼儀だと考え

ありがたくそうさせてもらっていた

着付けしていただく間に

帯紐を結んでもらいながら

色々な話を聞かせてもらったものだ

 

上司なき今

アンチ上司派の女性たちが

これ見よがしに

浴衣の着付けができるのよ

と主張していた

 

ひねくれた私は

その風潮に嫌気がさし

仕事も詰まっていたために

最後の最後に1人こっそりと

浴衣を着たのだった

 

同じく余興に参加してくれる

若い女の子2人も着付けをした

着付けをしながらだと

少し距離が縮まるから不思議だ

 

 

本番数日前に

娘に浴衣を着つけてみる

 

私と同じ浴衣を着ることができて

少し大人になったようで

嬉しかったのだろう

普段はクールな彼女も

少し頬を赤らめていた

 

私は母と同じものを着ることができて

嬉しかったのだろうか?

そのような記憶はないが

彼女は

私と同じものを共有することを

嬉しいと思ってくれているようだった

 

 

そもそも

浴衣の着付け

なんて

昔の人は日常着として着ていたわけで

そんなに

大したことでもなかったはず

 

今の時代

ネットやyoutubeを見れば

いくらでも着付けの情報はあるし

基本は

丈を合わせて紐で結ぶだけだ

(ちゃんと着付けをしている方に

  怒られるかもしれないが・・)

 

「私も浴衣を着れるようになりたい」

「すごい、着付けできるなんて」

 

彼女らも

頭のどこかで

着付けなんてできない

と決めつけており

着ようとも思っていないのかもしれない

 

案外と

やってみれば簡単なことかもしれないのに

 

彼が言うように

世の中の知りたいことは

本を読めば大抵のことは書いてある

 

分からない

できない

ではなく

 

分かろう

やろう

と考えれば

教科書はいくらでもあるのかもしれない

 

できなくても良い

というのも一つの選択肢ではある

 

 

私がまだ学生の頃

母方の祖母が

反物から浴衣を仕立ててくれた

 

手縫いの緑地に黄色い花の浴衣

 

当時の私は

友人達が着ている

今っぽい浴衣が羨ましかったのを覚えている

 

あれから20年以上を経て

祖母は他界してしまったが

また

あの浴衣に袖を通した

 

現在でも

今っぽい浴衣はおしゃれで

造り帯なんてのも主流になっているが

 

今改めて感じる祖母のぬくもり

手縫いに込められた思い

20数年経過しても見劣りしない

祖母の浴衣

 

最後の帯をギュッと締めて

リボン結びにし

気合を入れて

余興の踊りに向かったのだった