「俺が悪い気を持ってきたのかもと思って・・。
言えずにいたんですが、俺が元凶かもしれません・・」
転倒による顎縫合後、仕事始めの日は抜糸してから出勤となった。ネットでは抜糸は痛くないとの情報を得ていたが、痛かった。絆創膏に出血痕が残る。
職場で隣に座っている上司も、昨年、自宅外階段で転倒。顔面骨折のみだと思っていたら、痛みが引かず、数日後、右手骨折が発覚し数日ギプスで過ごされた。
仕事帰りに、正月休み明けを待っていた、かかりつけの歯科医へ行った。歯の痛みが残り、噛み合わせに違和感がある。
「右顎の骨、折れてるから、すぐ大学病院の救急外来に行って。時間外だけど、紹介状書くからね」
外科では骨折はないと言われ安心していたが、やはりそうだったか。
大学病院迄の夜道を運転しながら、上司と同じことになってるなぁと、ボーッと考える。
「俺が元凶かも・・」
時間外ながらも、何とかCTを撮ってもらい、他の骨折部位はないことを確認。
確実な治療法としては、
①歯茎に杭を打ち、針金で上下固定し口が開かない状況で2週間の入院。食事は流動食。
②少し緩和した方法としては、同じく杭を打ち、強力なゴムで固定し食事時のみ自分でゴムを付け外しする方法。何とか自宅療養可。
③受傷後10日近く経過しているため、多少のずれや衝撃による再骨折を覚悟で、出来るだけ顎を動かさずに安静にしての様子観察。ただし、頻回に受診し、悪化した際は、直ちに杭を打つこととなり、今するよりズレは生じる。
「もう、40も過ぎているので、多少ズレても良いです。2週間も入院できないし、出来るだけ安静にしてみます。」
まだ後40年はあるよと医師の失笑を買いながらも③を選択した。
夜間のしんとした大学病院、北風が吹く中、救急窓口を探すのも一苦労で、初めてのCTに不安になる。またしても、コロナ禍の大変な時に、診察していただいたことに感謝しても仕切れない。私の心細さなんて、大したことはない。
「俺が悪い気を持ってきたのかも・・」
昨年入職されたアラフィフの男性。
何かにつけて、悲観的で、電話対応の後、舌打ちをしたり、大きめの声で愚痴をもらしたりと気になるところは沢山あった。仕事はできるし、経験もある、決して悪い人ではないと思うのだが、言い訳や文句が多いところが苦手だった。聞いているこちらも、嫌な雰囲気に呑み込まれる気がしていた。でも、いちいち反応するのも面倒だし、直接害がない場合はスルーしてきた、つもりではあった。
「俺、去年は年男で。オリンピックイヤーの閏年のある年に生まれたんすよ。去年は、転職したとたん、継母がなくなるし、離婚することになるし、散々だったんすよね。厄払いにも行きたいけど、神社にも喪中なので行けないし、そんな俺が悪い気を持ってきて、お二人にも影響があったのかと密かに悪いなと思ってたんすよ」
「・・・」
悪いけど、なんだかしっくりきた。
でも、でも、そんなこと、ただの偶然であり、影響を受けたとも思いたくない。
でも、でも、2人とも同じような転倒、骨折。しかも、滅多にない状況であり、顔を負傷している。
人は何かにつけ理由をつけたがる。人のせいにしたところで、何も好転はしないのだけれど。
病院帰り、顎を動かさないように、慎重に運転しながら考える。
彼が舌打ちをするたびに、確かに私も嫌な気持ちになっていた。その場の空気も心なしか、どんよりする。でも、彼を制止することはできないし、私が変わるほかない。
彼の舌打ちをものともしない、北風と太陽の太陽のような人間になりたい。
一緒になって、荒むことなく、パーっと明るく照らしていこう。そういう意味では、負けるもんか!!陰気な気なんて、跳ね返してやる!!もっと言えば、彼も太陽の当たるところで殺菌消毒して、前向きに進めるように、直射日光を浴びせてやるんだ!!
顎は安静第一なので、大声で叫びたいところだが、心の中で強くそう誓った夜だった。