satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

害獣⑤ 最終章

救急搬送された翌日、私は休みをもらっていた。何とか彼女のことは考えないように過ごすが、うなされて目覚める。

本来なら入所予定の当日、出勤するとメモ帳がこれでもかとデスクに貼りつけられている。まるで鯉のぼりの鱗のようだった・・・。

 

朝一で入院先の退院支援看護師さんから連絡をもらう。

 

「お風呂にも入って、ご飯も全部食べて、大部屋で穏やかに過ごされていますよ」

 

良かった。お風呂に入れたんだ。約9か月ぶりのお風呂、気持ちよかったに違いない。一度では汚れが落ちきれず、まだ額には皮脂が残っているという。アナグマに襲われる心配もなく、涼しい部屋で、清潔なベッドでよく眠れただろうな。

 

「保護課の方が調整してくださって明後日、病院の送迎でグループホーム入所の段取りになっています。連携支援のためよかったら、病院にお越しいただけますか?」

 

「今すぐ行きます。今日は彼女の入所と思っていてスケジュール真っ白ですから」

 

すぐに病院へ向かう。コロナ流行の為、本人に面会はできなかったが、ここへきて元気を取り戻し気が変わってはいけない。訪問給食の代金6,000円を相談員さんに徴収してもらい、明後日の入所の件を、くれぐれもよろしくお願いする。

 

最後まで何があるか分からないもの。

 

グループホーム管理者さんへ確認の電話を入れると、

「保護課の〇〇さんが、あんなに一生懸命動いてくださったの初めてです。びっくりしました。あんなに仕事してくれるんだと思って・・」

 

やはり、保護課としても、今回が最後のチャンス、是が非でも施設入所をと思われたのだろう。逆に、私が休みで動けなかったのも良かったのかもしれない。とにかく、彼女が施設入所してくれれば、それでよい。

 

保護課にもお礼の連絡を入れると

「妹さんから電話が来て、煙草を吸うと言ったら施設の対応が悪くなったと言っていましたが、それで断られることはないと話しました。入所してから禁煙する人はいくらでもいますからね。連絡が来たら、そのように上手く言ってくださいね」

 

数分後、妹さんから連絡がきた。いつものように一方的に話される。

 

「今回の話、おじゃんになるかもしれません。・・・で、私が姉が煙草を吸うと言ったら、管理者さんに入所できないかもしれないって言われて。一度電話を切られて、またかかってくるのを待っているんです。保護課の〇〇さんは大丈夫って言われるけど。ケアマネさんにも電話がくるかもしれません」

 

やはり、一筋縄ではいかないってことか。姉が姉なら妹も妹ということか。施設側にはあえて喫煙の情報提供はしていなかったのだが、ここへきて・・・。

 

予告通り、管理者さんから連絡がきた。

 

「先ほど、妹さんと話したんですけど、率直にどういう方ですか?一方的に話されて、こちらの話が通じないんです。「とにかくとんでもない姉です。いうことを聞かない姉です」って。布団の準備も難しいなら金銭管理を任せてもらえば、こちらで準備しますと言うと「姉が通帳を渡しますかね。難しいと思います」って。そこはご家族に説得してもらわないと。喫煙もされるようですね、うちは禁煙ですからそうなると入所は難しいですよ。私も昼食の準備があるのに1時間も電話につかまって、一度切ったんです」

と管理者さん。

 

これはまずい。できるだけ冷静を装って、デイ利用時にも入院時にも喫煙はなく、集団生活に不適応はないこと、妹さんはつい最近交流が再開し、家の中に入ったことはなく、あまり本人の状況をご存じないこと、ここ数日間の本人の用事での呼び出しで心労があること、高齢であり、ゆっくりと話せばご理解いただけることをお伝えする。

 

「そうですか、確かに入所して禁煙した人もいますもんね。こちらとしては、支援に対して口出しされるより、お任せいただいた方が、変な言い方ですがやりやすいです。本人と対峙すればよいだけですから」

 

その方が、妹さんも負担なく関われるのではと付け加え、予定通り、翌日の入所で進めてくださるとの返答をいただく。

 

夕方、民生員さんから連絡あり、保護課から入所に立ち会ってほしいとの依頼を受けたとのこと。しかし、民生員さんも長年の本人との関りや、ここ数日間の疲労、家族でもないのに・・との思いも感じられる。とりあえず、妹さんへ連絡し、施設で出迎えるようにしたいと思うとの結論。病院側が送迎してくださるのだから、そこまでは病院側の責任。是が非でもお連れしてもらい、出迎えていただくだけで充分だろう。翌日は保護課は公休日であり、民生員さんに丸投げされたのかもしれないが、昨日の日程調整があっての事なので良しとしよう。

 

「私も明日、午前中空けていますので、何かありましたら連絡ください。よろしくお願いします」

 

翌日。

 

彼女は10時に病院発の予定。合格ならば電話が来ないという、公立高校合格発表日の気分で通常業務に取り掛かる。鳴るな、電話よ。

ヘルパーさんも落ち着かず、廊下を通るたびに目配せする。

もう少し待ちましょう。

 

何事もなく午前中は終了した。良かった。入所できたんだ。いや、でもまだ一抹の不安は残る。彼女のことだ、入所の事実をこの目で確認するまでは油断できまい。

 

午後、訪問の帰りにヘルパーさんとグループホームに立ち寄った。今までの出来事で車中は盛り上がる。もうこれで本当に終わりよね??

 

グループホームに到着。夕食の準備中の職員さんに声をかける。

 

「〇〇さんは、無事に入所されましたか?近くまで来たものですから、寄らせていただきました」

 

「はい、今車いすでリビングで過ごされています。昼食は食べられていないんです。「煙草を吸うまでは食べない」って。水分も、自分のペットボトルでないと飲まないって」

 

「そうですか。ひとまず無事に入所されていて良かったです。よろしくお願いします」

 

コロナ流行の為、面会は禁止なのも好都合であった。本当は、顔を見てご挨拶したいところだが、もう新しい生活に向かっていただかなくては。私はもうここでおしまい。

ヘルパーさんもやっと安心され、帰路についた。

 

夕方、民生員さんから連絡をいただく。

「もう、大変でしたよ。想像できるでしょう。「煙草を吸わせろ」って、廊下に寝っ転がってね。終いには自分で買いに行くって、床を這って移動してバッグを取りに行ったけど、職員さんが気を利かせて財布を隠してね。「もう帰れませんよ、煙草も吸えませんよ」って、いつもはケアマネさんが言ってくれること、今日は私しかいないから私が言ったら、もう怒って私に罵声を浴びせてね。もう、ねぇ。でもよかった、家の近くだしね。良かったのよ。これで最後かと思うと寂しいけど、またよろしくね」

 

例えは悪いが、アルコール依存症の人が強制入院されて、個室の中で数日足掻き酒が抜けていくように、幼稚園に行きたくない子供が、親の背中を折って泣きながらも、次第に打ち解けて楽しくなっていくように、最初は環境の変化に抵抗もあるだろうが、次第に心地よい生活に慣れていかれるのだろう。いつ、アナグマに食べられるか分からず、エアコンもなく、電気もつかず、劣悪な環境にいるよりは、彼女にとっては最高の環境変化だと思いたい。今までの彼女の言葉は、素直に「助けて」といえない裏返しの言葉だったと思いたい。彼女の性格上、この先もそう認めてくれることはないだろう。

 

この結末が本当に彼女にとって最良の選択であったのかは分からない。彼女を支援する者達の単なる保身に過ぎなかったのかもしれない。

 

セルフネグレクト・・・まさに、彼女のことを表しているとしか思えない。

 

最後に、牧師さんへの現状報告について妹さんより許可をもらっており、メールをする予定だ。それをもって、今ケースは支援終了とする。

 

私を「さといも!!」と名付けた彼女。心が通じたと思った矢先に、反旗を翻されてきた。「よく担当変わらずに頑張ったね」とも言われるが、どこかで彼女のことを好きだったのだと思う。