ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

害獣①

しとしとと、昨日から弱い雨が降り続いている昼下がりの事だった。車も通れない路地裏の突き当りに、その家はある。外壁は昔ながらの木造りで、床下は丸見え、木枠に薄いガラスのはめ込まれた玄関の引き戸の下のガラスは割れ、ビニールの緩衝材をガムテープで貼り付けている。玄関右奥の和室の外窓も同様だ。その家の右手から奥へ続く通り道の雑草は、梅雨の雨を喜ぶように生い茂り、少しでも触れるとスパッと指を切ってしまいそうな鋭い葉に覆われている。まるで獣道。その雑草の中は蚊の巣窟とも思われ、他者の訪問を拒んでいるような雰囲気だ。

 

使い捨ての素材でできた膝まで隠れる袋状の足カバーを装着し、6名は家に踏み込んだ。子猫を含む数十匹の猫たちは、訪問者の気配を感じると一斉に飛び出していった。

 

ガスコンロは腐食しており元栓を閉めている。冷蔵庫は稼働している音はするが機能していない。蛍光灯は点滅するだけで用をなしていないため、昼間と言えど室内は薄暗い。外は雨。色んなものがしみ込んでゆがんだ畳や、猫たちがひっかいた襖や障子は、空気中の水分を全て吸い込んでいるようだった。室内の空気中には、いろんなものが漂っているように湿っており、重たく、よく目を凝らせば何かが見えそうなほどだった。

 

台所は数年単位で使われた形跡もなく、埃をかぶっている。床は朽ち果て、天井も所々崩落しており、家の骨組みが良く見える。土間を降りると五右衛門風呂があるが、猫たちのものになっているようだ。台所の奥は1メートル四方ほど床が抜け落ちている。寝床に隣接したトイレは汲み取り式で、薄暗くて全容の確認はできない。

 

まさに寝床と言う表現がぴったりくる彼女の布団周りには、キャットフードや買い物袋、固まった米や食べかす、500mlのお茶のペットボトルに混ざって、得体のしれないものが散乱している。すべて手の届くところに置くために、寝床を中心に円を描くように物(ごみ)が散乱し、その中心に彼女は存在する。まるで台風の目のように。

 

数十匹の猫が出入りするために、畳の目地まで砂が入り込んでいる。それらの有機物はおそらく自然と朽ち果てて吸収され、やがて原形の分からない得体のしれないゴミと化すが、買い物袋だけは、時を経ても原形をとどめたまま、その場にあり続けた。(これが世間のエコバック化の要因の一つだろうか。無機物は分解されないことが良くわかる)

 

額と手の甲の傷はだいぶ良くなっており、かさぶたになっている。しかし、数日前に左足首を骨が露呈するほどの深部まで噛みちぎられ、応急処置のテープをはがすと流血が止まらない。

 

ノミやダニ、目に見えない色々な虫が生息しており、もはや屋外のほうが清潔ともいえる状況の中、彼女はこの家を離れようとしない。ここ数か月は害獣が入り込み、夜な夜なキャットフードを貪り、おそらく木片で応戦した彼女に、襲いかかるようになっていた。

 

害獣の駆除は行政は対応不可、個人レベルでの防御を求められた。害獣の嫌いなにおい作戦は失敗、家屋の補修や害獣駆除、ベッドや蚊帳の利用、一時避難などあらゆる提案も彼女の了解は得られなかった。

 

害獣は夜やってくるため、夜に備えて昼間に睡眠をとる生活も数か月経過するが、今回ばかりは、骨まで達する傷であり感染症罹患の危険性が高く、命の危機である。

 

ケアマネから相談を受けていた保護課が、やっと重い腰を上げることとなり、保護課の担当者、その上司、往診の主治医、往診の看護師、実妹、ケアマネの6名で入院の説得に訪ねたのだった。

 

まずは我が身を守るために、足カバーを装着した。