ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

スローモーション

人生で3度目、いや4度目のスローモーションを経験することになった。

 

分かっている。

ぶつかるのは分かっている。

落ちるのは分かっている。

衝突したらかなり痛いだろうとうことも分かっている。

 

でも分かっていても止められない。

自分の身体を制御できない。

まして時間を止めることなんて不可能。

 

先日、玄関の壁紙を張り替えた。狭い玄関土間の二段の階段には脚立を置くスペースはなく、折り畳みの小さめの丸椅子を二段目にのせ、その上に立って天井付近の貼り付け作業をしていたときだった。少し体勢を変えた際に椅子が階段からずれて、そのまま右側を下にして、お尻からエビのように腰をかがめて玄関土間に転落した。幸い狭い玄関で頭は靴箱にぶつかり、土間にすっぽりはまった格好となった。転んだのでも倒れたのでもない、転落という言葉がぴったりな状況だった。時間にして数秒の出来事だが、例のごとく自分にとっては、転落し土間に腰をぶつけるまで嫌に長く感じた。久しぶりのスローモーション感覚。

 

椅子がずれた、この傾きやばい、落ちるかも、いや立て直せるか、無理無理落ちてる、腰からいくのか、頭も守らなくては、どこかつかまりたいけど手が届かないし摑まる場所もない、衝撃を最小限にするために丸まって落ちよう、カッターは手放したほうがいいかな、体が鉛のように重い、救急車呼ぶのも恥ずかしいな、どうなってしまうのかな・・など数秒でいろいろなことを考える余裕があるが、転落は止められない。一体、なんなんだろう。

 

最初にそれを経験したのは子供の頃、公園のブランコから落っこちた時だった。

二度目は小学校でタイヤの跳び箱をしていた時、隣の子とぶつかりそうになって落っこちた時だった。

三度目は、20代。原付で出勤時、右から来た車に巻き込まれて数メートル先の歩道に飛ばされた。幸い冬でたくさん着込んでおり大事には至らなかった。

三度目の正直というが、四度目もあったのか。

 

普段、感じている時間の流れと別の時空でも存在しているのだろうか?できればもう経験したくない。その時空が存在するのなら入ってみたい気もする。

 

朝起きた時の体中の鈍痛で、またあのスローモーションを思い出すのだった。