ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

「食べろ!」

梅雨らしい小雨の降る中

ふくらはぎ迄ある

少し大きめの雨靴を履いて

あえて水たまりの道を選びながら

心を落ち着けるように

訪問先への路地を進んだ

 

築100年近いのでは

ないだろうか?

 

玄関の木製の引き戸は

下半分の薄いガラスは割れてしまい

2/3程開いた状態で身動きがとれず

そのままになっている

 

誰も手を付けようとしない

 

玄関から少し奥まったところにある

窓越しに声をかけると

布団に横たわったまま

ゆっくりと振り返り

彼女は目を細めた

 

入室してもよいか尋ねると

軽く頷き

また

背を向けて横たわる

 

室内の蛍光灯は

とうの昔に切れてしまい

埃をかぶり

ただそこにぶら下がっているだけである

 

特にそのような雨の日は

昼間と言えど薄暗く

外の光だけでは良く見えない

 

2/3程開いた玄関を

体を横にしてすり抜け

持参のスリッパに履き替える

 

玄関と言えども

靴1足と折り畳み傘1本が置いてあるのみ

靴箱は猫の隠れ場所と化し

錆び付いた猫缶が数缶転がっている

 

窓のある部屋へ続く

畳のイグサもささくれた

和室二間を通り抜ける

その先は

薄暗くて良く見えない

 

彼女は万年床に横たわり

目を閉じたまま

ポリポリと口を動かしていた

 

枕元には

無造作にスナック菓子とクッキーが

ばら撒かれるようにおいてある

皿に入れるでも袋に入れるでもなく

ばら撒かれている

 

さらに頭もとには

巻き寿司やサラダなど

トレイに入った総菜

左の枕元には

お茶のペットボトルが

結構な数散らばっている

中身がないものも飲みかけのものも

散らばっている

さらに

その横に広げられた買い物袋には

食べかすやたばこの吸い殻が入っており

コバエが飛んでいる

 

そのたばこの吸い殻の匂いで

生ごみ臭さや猫の匂いは気にならない

 

キャットフードの器が

畳や机に複数置かれており

中には

食べ残しのおかずも

紛れ込んでいる

 

万年床は

猫が運んでくる砂や

何だか得体のしれない粉末のごみや

皮膚片とも見受けられるかさついたものや

食べかすが散らばり

生活に必要なものを

すべて布団周りに集めているため

まさに

足の踏み場がない

 

耳が遠い彼女に

少しでも近づこうとすると

必然的に布団に手をつき

彼女の吐息までをも感じる位置に

詰め寄ることとなる

 

その間に

訪問者を警戒して

避難していた猫たちが戻ってきた

1匹、2匹・・・5匹、6匹・・・

 

いつものように

彼女に話したいことを話してもらい

適度に相槌を打ちながら受け止める

 

話はコロコロ変わっていき

突然

怒りだした彼女は

そのか細い手で

枕元のクッキーを一枚つかみとり

私の口元数センチまで

つきつけた

 

「食べろ!」

 

首を横に振る私

 

「私が出した物は食べれないのか?」

 

あまりの急変に驚いたと同時に

その行為に及んだ彼女を

哀れにも思った

そうすることが

自分を貶めることになるとも

頭の良い彼女は分かっているはずだから

しかし

一瞬の感情を抑えきれなかったのだろう

 

「いやです。食べません。

 あなたも昔〇〇省におられたときに

 訪問先で出されたお茶に手を出さなかったって

 教えてくださいましたよね?

 私も一緒です。

 お客様の家では一切頂き物はしません」

 

今まで

そのようにはっきりと断ったことはなかった

 

「他の人は皆

   ありがとうってもらっていくぞ。

 食べろ!」

 

「いいえ

 私はいりません」

 

「・・・」

 

「私も〇〇省に勤めていたときには

 法に法って仕事をしていた。

 その方が自分を守ることにつながるからね。

 そこに 

 優しさや感情を持ってはだめなのよ」

 

実は

不衛生な状態にあるクッキーを

手づかみで口に入れられそうになり

嫌だと思ったのも事実

ただ

それをそのまま言うのも憚られ

頂き物をしてはいけないルールを

持ち出したのだった

 

結果的には

彼女を納得させることもでき

自分も守ることができた

 

仕事としてすることに

私的感情を加味すると

思うようにできなかったことに対して

罪悪感を覚えることもある

 

優しさという

独りよがりな私的感情に

邪魔されて

本質を見失い

本来の仕事も満足にできなくなってしまう

 

とっさに出た言い訳でもあったが

今の私に必要なことを

彼女の口を借りて

教えてもらったような感覚だった

 

 

自分を大切にする・・・

 

 

私に”里芋”と名付けたのは

彼女である

 

 

私の2倍以上生きている彼女には

到底叶うものはない

私の考えなんて

見透かされているようにも感じるし

彼女の真意は分からないままだ

 

だからこそ

正面から挑み

嘘偽りなく向かい合う

そうすることが

敬意を払うことだと思っていた

少しは心が通い合う瞬間を感じることもあった

 

しかし

あくまでお客様としての距離感を保ち

仕事としてのラインをしっかりと持ち

ブレずに

自分の中の基準を持つことが

相手に対しても敬意を払うことだと

思うようになった

 

自分を守るためにも

相手に迷惑をかけないためにも

 

梅雨時期から秋口にかけて

万年床には

目には見えない程の

大量の虫が発生し

夏場の彼女は常に虫刺されで真っ赤になる

 

彼女の家に訪問した数日後には

決まって私も虫にさされて

特にひざ下がひどいものだ

 

虫にさされに行くなんて

自分を大切にできていない・・・

 

入室して彼女のそばで会話できるが

ひどい虫刺されが確定する道を選ぶか

 

窓越しの面談で意思疎通は図れないが

虫刺されを防ぐ道を選ぶか

 

雨の上がった路地を

軒先でまどろむ猫たちに問いかけながら

水たまりを探すのも忘れて

ゆっくりと歩いて

コインパーキングへと向かった