ケアマネの私とオフの私の日記

書くことで気持ちの整理をしていきたい。。

超難聴

「タイヘンナコトガ

 オコッタ

 イマスグ

 キテクダサイ・・・」

 

 

坂道に面した住宅街

私道の突き当りにある

草に覆われた石の階段を

右手に5メートルほど登ると

木造平屋の一軒家がある

 

傾いた門扉から玄関までは

まるで獣道のようで

背の高さまで生い茂った草をかき分けて

進まなければらない

 

縞々模様のやぶ蚊に襲われる

誤って草に触れてしまうと

容易に皮膚が切れてしまう

 

玄関には大量の杖が放置

おそらく100円ショップのものだろう

インターホンは作動するが

応答はない

 

玄関右手の縁側もまた

草がすぐそこまで押し迫っており

崖側には木が植えられ

かつては

丁寧に手入れされていただろう

庭の面影がうかがえる

 

縁側に面したトタン屋根の下には

数個の発泡スチロールの箱が積まれている

長年雨風にさらされたのであろう

ちょっとやそっとでは微動だにしない

地面と同化した発泡スチロールの箱たち

 

その中の一つ

手前の上段の発泡スチロールの箱には

年代物と思われるやけに馴染んだ

ビニール袋や網などが詰め込まれ

そっとそれらを持ち上げると

インスタントコーヒーの空き瓶が見える

 

みかんのネットを

キーホルダー代わりにつけられた

家の鍵が保管されているのだ

 

ガチャ

 

下数センチは腐食した玄関ドアを

慎重に開くと

奥の部屋から大音量のテレビの音が聞こえる

夏の甲子園中継だ

 

玄関の中もまた

大量の段ボール箱たちが積まれ

薄く黄ばんだ電気代の請求書や

町内会費の領収書が入れられている

 

廊下の左手にあるトイレのドアには

使用禁止の貼り紙

家の造り自体も昭和そのもので

その中の空気も

何時の時点かで止まってしまったようだ

 

建付けが悪いトイレの向かいのふすまを

少し持ち上げるように開けると

和室の居間がある

 

その部屋もまた

さらに大きな段ボールたちが積まれ

常に押し入れは開きっぱなし

 

電気の紐には

よくジョギングの方が肩から斜めがけにしている

反射材のタスキが結びつけられている

低い位置からでも操作可能なように

 

全ての品物は半透明の白い買い物袋に入れられ

さらに紙袋や段ボールに無造作に入れられている

買い物袋のまま

畳の上に転がっているものも多い

買い物袋の口は

握力がなくとも開けることができるように

ひとつ結びにされ

移動するたびにほどけるのだろう

中身が出てそのままのものもある

 

買い物袋のストックも大量にあり

大きな袋にまとめてあったり

そこあたりに落ちていたり

 

居間の奥にある台所も

廊下の戸棚も

ベッド周りも

とにかく

全ての品物たちが

半透明の買い物袋に入れられている

そして

品物が多い

 

エアコンが効いているようで

部屋はさほど暑くはない

 

居間からの続いている仏間が

家主の寝室である

特殊寝台と呼ばれる背上げ機能つきのベッド

そのベッドの枕元には

仏壇用のふかふかでキラキラした大きめの座布団がおかれ

そこにもまた

大量の買い物袋に入れられた品物が散乱している

 

そう

家主にとっては何一つ無駄なものはなく

大切だからこそ

買い物袋に入れて保管しているのだ

 

そして

ときに保管した袋の場所を忘れ

盗られた!!

と本気で思い込んでしまうのだ

 

家主は難聴のため

電話をかけることはできるが

聞き取ることはできない

 

ファックスもあるが

使用方法も忘れてしまった

 

そのため

いつも言いたいことを一方的に言い

「聞こえない」

と切ってしまわれるから

そのたびに

担当ケアマネジャーの私は

自宅を訪問し筆談で話を伺う

 

筆談でしかこちらの話を伝えられず

通常のコミュニケーションの5倍ほどは

時間を要してしまう

 

この家に一歩足を踏み入れると

まるで

千と千尋の神隠しのように

時の流れが異なり

その滞在時間は

30分と思っていたところが

優に2時間を超えてしまうことも多い

 

 

「大変なことが起こったから

 あんたに相談したいと思って

 電話をしたのよ

 あの日

 無理やり私に薬を飲ませた男だと思う

 夜になると玄関をドンドンと叩きに来て

 私がここにいるかを確かめているんだと思う

 警察を呼んだ方が良いだろうか?

 あんた

 その男に見覚えはない?」