数か月に一度の歯科でのメンテナンス。
50代半ばの男性歯科医が個人経営するクリニックは、診察台が5席、行くたびに歯科助手さんの顔ぶれが異なることは気にかかっていた。便利の良い場所であり、国民皆歯科検診なんてワードも取りざたされていることもあり、メンテナンスは続けていきたい。
その日は、奥歯に虫歯が見つかり治療を受けることになった。
待合の患者さんも増えてきて、私のような突発的な治療による時間延長も重なり、普段以上に歯科医の苛立ちを感じる。
普段から、おそらく新しい歯科助手さんに仕事を教えるために、患者さんの前でもお構いなく指示が飛ぶ。心の中で「がんばれ」と応援しほほえましく思っていたが、その日は、聞いているのもつらかった。
「ちゃんと聞いておかなきゃ」
「出来ないことをしようとしないで。試さないでね」
「そんなんじゃ息ができないでしょ」
「そんなに入れたらゲッてなるでしょ」
「もうここはいいから、あっちへ行って」
歯科医だけでなく、歯科衛生士さんらからも総攻撃を受ける助手さん。
診察台は満席で、そのやり取りを皆聞いているはず。なにも、患者さんもいる前でそこまで言わなくても。
「ちょっと、時間がないから、さっと削るね」
奥歯に器具が当たった瞬間、激痛が走る。
「痛い?じゃ麻酔するね。時間ある?」
歯科医は、私の歯茎に麻酔の針を刺しながら、手元は見ずに、助手さんに指示するため、こちらは恐怖でしかない。それから隣の方が終わるまで数分待機。カオスな空気に、また今度、時間があるときにお願いしますと帰りたい気持ちであったが、美容院でのパーマの待ち時間同様、診察台の上では成す術がない。
「ほら、お客様、お待たせしているから、さっさと考えて動いて」
もう、歯科医に身をゆだねるしかない。どうにか正気を取り戻して、穏やかに治療してほしい。
「だれか、光できる人いる?」
歯科衛生士さんに入れ替わり、先ほどの助手さんが隣につく。
「唾液出てるでしょう。光を遮らないで。そこに立つ意味があるの?こちらはよいから、他の所へ行って」
確かに助手さんの唾液を吸う作業は、的外れで唾液は全く処理されず、グイっと口元を引っ張られたが、ちょっと、言い方が・・・。
その場で、衛生士さんを抱きしめたくなった。そんなに怒らないで。仕方がないじゃない、こちらは大丈夫だから、優しく教えてあげてよと。
何とか無事に治療を終えたが、もうこのクリニックに来るのはやめようと思っていた。こちらが辛くなる。その時だった。
「〇〇さん、痛い思いさせちゃってごめんね」
ぼそっと後ろから歯科医のつぶやきが聞こえた。
痛かったって分かっておられたのか。
歯科医なりのポリシーをもって診療にあたり、それにまだついてゆけない助手さん。また数か月後のメンテナンスを予約し、行く末を見守っていきたいと思う。