satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

超難聴③ ~唾攻撃~

「いつか払う 今じゃない」

 

介護サービス利用料の再三の請求にも応じず、年の瀬を迎えようとしていた。一段高い敷地にある家の庭には、ヘルパー事業所が二か所と福祉用具事業所、ケアマネそして、

立会人として民生委員の5名の姿があった。

 

比較的関係性の良い優しい面持ちの福祉用具のC氏が縁側の窓を叩く。家主の姿が見えたところで「家主の希望されているケアマネ変更のためには、今までの介護サービス利用料の清算が必要です」とケアマネが筆談の紙を掲げた。それ以前にも滞納は続いており、このような複数事業所で集金に伺うのは二度目である。家主はしかめっ面のまま、足元のおぼつかない様子(おそらく演技も半分)で、仕方なしに中に招き入れた。

段ボール箱が何個も積まれた6畳の和室にて、早速、集金についての話が始まる。室内はしっかりと暖房が入れられていた。

  Aヘルパー事業所は2か月分の〇千円

  Bヘルパー事業所も2か月分の〇千円

  以前ご利用されたショートステイは〇千円

  工事の分は〇万円

  プラス家主の都合で休止になっている工事の発注済材料代〇〇十万円

各々請求書は持参していた。ここへくるまでも何度も何度も繰り返される光景。案の定、家主はいつものように、のらりくらりとかわしていく。

 

「今はお金がない。おかずも買えない。支払いの話なんて初めて聞いた。印鑑がない。通帳を盗られた。私は分からん。請求書の金額が前のと違う。財布がない。いつか払う、今ではない。お前が泥棒した。ちゃんと考えてから払う。裁判所で見てもらう。警察をよぶ。ちょっと負けてよ。利息はつけないでね。お前のせいだ。脅すのか・・・」

 

彼らからは筆談、それを見て家主が一方的に話すというスタイル。普段なら彼らも時間がないため集金はあきらめて帰るところだが、その日の彼らは覚悟が違うようだった。家主の理不尽な態度や言い訳に、彼らの誰もがうんざりしており、振りまわされ、C氏などは会社から〇〇十万の立て替えを要求され、社内での立場も危うくなっているらしい。

そのやり取りを見かねた初老の民生委員は

 

「そんなこと言わないで、しっかり払ってくださいよ。皆さんお困りですよ」

 

と思わず声がもれる。

 

「お前が、私が金を払わないから民生委員を呼んだのか?ばかやろう」

 

手を振りかざして、ケアマネに怒声を浴びせる家主。それを見て民生委員はあからさまに顔がこわばり動きも失っていった。

何を言ってもまともな返答は得られず、一向に払う気配はない。しかし、この家に数百万円が保管されていることは、普段から家主自身も言っており、一緒に銀行へ引き出しに行ったBヘルパーも知っている。今ここにいる彼らもまた、輪ゴムでくくられた万札を何個も見せられていたのだから、ないはずはない。

 

「財布がないのならお困りでしょう。なら、一緒に探しましょうか?」

 

機転を利かせたAヘルパーの一声で、さすがの家主も返す言葉はなく、一斉に財布探しが始まった。家主は買い物袋に物をしまう性質があり、とにかく買い物袋が多い。ごみなのか、貴重品なのかは家主にしか分からない。家主も立ち上がり、彼らの捜索を阻止しようと、「あれがない、これがない」と話を逸らしてくる。そしてガマ口の財布入りの買い物袋が発見された。

 

「貸して」

 

その買い物袋を家主は強引に取り上げ、震える手で開け、C氏がフォローする。C氏によって開かれたがま口には数万円入っていた。

 

「これを使うと、おかずが買えない。払えない」

 

と家主。

 

「いやいや、これだけあれば、支払ってもらっても余りますよ。大丈夫。」

 

とAヘルパー。

数十分の押し問答は続く。押しの強いAヘルパーに、突如家主は唾を吹きかけた。終いにはAヘルパーのネームホルダーを引きちぎり

 

「こいつは名刺も渡さない。名前を言え」

 

と怒りをあらわにされ、自分のペースに持ち込もうとする。

 

「いやいやこれくらい大丈夫。名刺は何度も渡していますし、サービスを使ったのだから、お金は払ってくださいね」

 

一切怯まない、ガタイの良いAヘルパーのおかげで、ひとまずショートステイの料金は回収された。1万円からいただき数百円のお返しと、紙に書いて説明し全員で確認する。

 

その時だった。

 

家主は、すっと立ち上がり、隣にいたケアマネの顔面目掛けて、先ほどAヘルパーに吹きかけた以上の勢いで、まるでプロレスラーがアルコールを口に含んでから吐き出して火を噴くように、「ブワッーッ」と唾を吹きかけてきた。

 

「・・・」

 

一同、唖然。このご老体のいったいどこにこれだけの唾液を分泌できる水分が貯蔵されていたのだろうか?そして、ふらつきもせずに、しっかりと自力で立ち上がり踏ん張ることができるこの脚力。これで要介護状態といえるのか。

その後もケアマネへの攻撃は続く。

Aヘルパーの正当な回答や冷静な対応に、家主の口がかなわなくなると、またも家主は立ち上がり、ケアマネの右手首を握りしめて力任せにひねってきた。このご老体でこの握力、どちらが利用者か、もはや分からない。ガマ口の財布が入った買い物袋をケアマネの額目掛けて、ぶん回す。カオスであった。

 

「お前がとったんだろう、黄色い袋を返せ。それを見せろ」

 

集中攻撃に耐えられなくなってきたケアマネは、自分のカバンを勢いよくひっくり返した。書類やファイルがとびだし、ポケットからは名刺入れ迄飛び出した。

 

「ここにありますか?」

 

しかし、この日は集金が完了するまでは帰ることはできない。その後も彼らは家主の理不尽な言動に揺さぶられることなく、交渉を続けた。ケアマネが家主から怒声を浴びせられている間にAヘルパーは分厚い封筒を発見した。

 

(70万くらい入っているかも)

 

家主の死角で確認したAヘルパーからBヘルパーへ伝える。やはり、お金はある。家主とケアマネの間に挟まったC氏。「今日集金できないと解雇されるかもしれない」と告げても、出し渋る家主。

 

「あれ、ここの封筒にお金がありましたよ」

 

Aヘルパーに言われ、一瞬、「しまった」という表情を浮かべた家主はすぐさま、封筒を奪い取り、ぐっと懐に握りしめた。再度、請求書を提示され支払いを求められても、その封筒を買い物袋にしまい込み素知らぬふりで隠そうとする。時には家主自身も笑みを浮かべ、彼らの反応を楽しんでいるようでもあった。

 

「この金額はおかしい。もっと考えてから払う。裁判所で話す。負けてくれない?振り込むから郵便局に行く」

 

もう何を言っているのかなんて、家主も彼らも分からない。とにかく家主は、最初から支払う気はなく、あわよくばスルーしようとしているように見えた。払えないのではなく、払わない、払いたくないといった面持ちだ。

結局1時間30分かけて、すべての支払いを完了し、無事清算終了となった。縁側から退室する際にも

 

「Cさん、ちょっとお金を数えてよ」

 

と甘えるような、すがるような家主に、もはやC氏が振り返ることはなかった。すべてのサービスは必要ないと評価され、家主にも説明し、今後は家主の財産を狙っているとも、そうでないともいわれる知人男性へ委ね、新ケアマネを探すこととなった。現時点でも、知人男性の出現で介護サービスの必要性は感じられなくなっており、続ける必要があるとしたら訪問リハビリと訪問診療だろう。彼らの意見は一致した。同じ時を過ごし同じ目的を達成した彼らは、自らの強い結束力を感じずにはいられなかっただろう。色んな意味でのチームケアと表現しても悪くはないだろう。映画スタンドバイミーのエンディングのように、脱力感半分、達成感半分で各々の事業所へ戻っていった。

 

数時間後

ケアマネの携帯に警察から電話がかかってきた。

「今、〇〇さんから泥棒に入られたと通報がありまして、昼前に〇〇さんのお宅に来れれましたか?羽交い絞めにされ、盗られたと言われているようですが」

何もやましいことはない、数か月に及ぶ支払いにも応じない状況での正当な集金であり、最終的には本人の同意を得て支払っていただいた訳で、立会人もいる。領収書もしっかりお渡ししてある。

「領収書も確認できました。ご協力ありがとうございました」

その警察官の後ろで、家主の声が聞こえた。彼らに「支払いがなければ警察を呼びますよ」と言われた家主は、自分で警察を呼んだのであった。

 

サービスを利用したら利用料金を払うという当たり前のことも、家主にしてみれば理不尽なことだったのだろうか。