「あぁ 俺 自信なくしましたよ」
ケアマネの実習を受けに来られた
40代半ばの男性
介護現場自体は10年以上の経験をお持ちだが
ケアプラン作成は初めてのこと
仕事をしながら実務研修受講試験に合格し
数日間ホテルに缶詰の実務研修を受講
その後
実際の事業所に実習に来られ
ケアマネジメントの一連の流れを体験する
今まではホームの立ち位置で
お客様を待つ姿勢であったが
居宅介護支援事業所では
アウェイに飛び込んでいき
一から関係性を築いていく
ご本人はもちろん
ご本人を取り巻くご家族や環境など
情報収集が重要でアセスメントが肝となる
未経験で初めての現場実習
ほんの少しの時間で
しかも1度の訪問では
十分にアセスメントできないという前提
すなわち
教科書のようなケアプランができる状況ではない
分析もプランも不十分で当たり前であり
だからこそ学びも多いものだ
完璧などあり得ないし
そうであっては学びにもならない
「あぁ 俺 自信なくしましたよ
昨日も徹夜してプラン作ったのに
時間が足りないです
ケアマネやっていく自信がなくなりました」
十分なケアプラン作成ができない
それがこの実習のねらいであり
そんなことで自信を無くす必要など全くない
と私は思う
自信ってなんだ?
「自信なくしましたよ」
自信ってなくなるものなのか?
自信喪失
自信満々
自信過剰
自信家
「自信」とは自分の才能、価値を信じていることと、自分自身を信じる心のこと
自信という言葉は
何だかあまり良い意味合いで
使われていないようにも思う
初回から自分の納得のいくケアプランができる自信があった
自分なら徹夜なんてせずにちゃっちゃとできると信じていた
経験もあるし自分にはケアプランを立てる才能があると信じていた
などと思われていたのかは知る由もないが
「自信なくしましたよ」
なんてがっかりされなくても良い
そんな必要はまったくない
どちらかというと
無償で添削していただけることに
感謝だ
自信がないからお引き受けできません
なんてフレーズもたまに耳にするが
やってもみないことなのに
自信がないってどいうこと?
責任問題ってこと?
自信があっても
上手くいかないことだってある
自信=妄想
なのではないか?
上手くできるかできないか分からないから
不安に感じる
自分の頭の中で膨らんだ
ただの妄想
目にも見えないし
人と比べようもないし
持っているのかいないのか
確かめるすべもない
第一
自信がないからあきらめる
という発想は
もったいないと思う
自信のあるなしを判断するくらいなら
自信にはさよならして
今できることをすればよい
上手くできるかできないか心配しても
どうなりようもないし
ただ心をからっぽにして
今できることに集中すればよい
結果がどうであろうと
できることをすれば後悔はないだろうし
自信のあるなしで
する前から結論を急ぐのは
それこそ
自分の可能性を
信じていないことではないかな
自信のあるなしの判断をすることを手放したら
だいぶ心がすっきりする
自信のあるなしを考える時間を
今できることに使ったら
とても有意義に過ごせる気がする
なにより
不安なんて感じることなく楽に生きられる気がする
自分のことは信じている
ただ
自信のあるなしの判断は今の私は必要ないと感じている
今できることをする
ただそれだけのことだ