satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

いのちの教育

娘の中学校で「いのちの教育」があったという。

がん患者さんを招きお話を聞く内容で、事前に保護者へ配慮が必要な際は申し出るよう通知があった。

 

娘の感想は

「痛いのは嫌だ。手術なんて絶対にしたくない。お腹を切るくらいなら、もう死んでも良い。怖い。生きていたってしょうがない。」

 

たやすく「死んでも良い」なんて口にしてほしくはないが、それが彼女の率直な感想なのだろう。いろいろな意見があると思うし、お話を聞かせてくださった方への感謝も忘れてはならない。LGBT+Qなどの思想が広まり、性や障害、疾病や命のことなど、どこまでをどう彼女に伝えればよいのだろうか。何が正解なのか私にもわからないし、私自身も自分の感覚で受け止めているだけである。

 

「そうだね、痛いのはいやだよね。でもさ、皆いつかは死がくるし、実際に病院にかかっていないだけで亡くなった原因はがんだったってことも多いと思うよ。早期発見早期治療はもちろん大事だけど、そんなに恐れることはないし、毎日しっかり食事や運動をして健康に気を付ければ良いんじゃないかな」

 

祖父が亡くなったのは、彼女が3歳の頃だった。

「おじいちゃんかわいそう」と祖父から離れようとせず、何となく別れというものを理解したのかもしれないが、今の彼女はよく覚えていないという。

 

人が亡くなる場に立ち会うことがほとんどなくなっている。

 

それは、出産にも言えることかもしれないが、生や死は自宅外の病院や、どこか非現実的な場所で行われることが多くなったのだと思う。

 

死は怖いことかもしれない。痛いのはいやだ。その通り。

 

「じゃあさ、お母さんが亡くなるときには、今どんな感じだよって教えてあげるよ。たぶんだけれど、あなたを生むときも、確かに痛みはあるけど、痛みがなく気持ちが良い時間もあって、痛いのとそうでない時間との繰り返しで、全然平気だったよ。人間の体ってよくできていて、痛みに耐えられるように脳から何かの物資が出るんだと思う。大丈夫。私が先に死を経験して、ちゃんと教えるからさ」

 

「もう、そんなことばっか言って・・」

 

冗談ではなく、本当に自分が体験したことはすべて娘に伝授したいと思っている。出産だって、きっと大丈夫。怖くない。死だって、それまでの人生が充実したものだったら、そんなに恐れるものでもない気がする。あくまで私の私見であるが。