satoimo's diary

人生も折り返し地点を過ぎた。自分を大切にするためには...

「三等分しよう」という男

その男の義父はガン末期であり、おそらく退院は見込めないだろうと、男は義姉の反対を押し切る形で義父の自宅アパートを解約し、妻や義姉には義父が退院した際には同居しても良い。そのために新たな部屋を探していると伝えていた。

 

確かに義父はガン末期であったが、治療方針が変更され、通院での緩和ケアを行うことになり退院せざるを得なくなった。

 

男は焦ったことだろう。いや、焦るなんて気持ちも持ち合わせてはいないかもしれない。新たな部屋など探すこともなく、妻と小学生の息子と三人で暮らす2Kのアパートで義父との同居生活が始まった。

 

義姉と妻は、義父に互いの自宅を行き来してもらい、在宅での生活へと舵を切っていた。ほどなくして、担当ケアマネが男宅に尋ねてきた。デイサービスやショートステイ、施設などのパンフレットを提示され、男は上座で立膝をつきながら時折口をはさんでくる。義父との関係性は悪くないようだが、平日の昼間、仕事を休んで同席してくれているのだろうか。さらに奥の部屋には小学生の息子が小さく座ってゲームをしている。二部屋しかないこのアパートでの男家族と義父との生活、日当たりの悪い室内は窓も締め切られており少し淀んでいるようだった。

 

ショートステイの利用が決まり、男の家で担当者会議が開かれた。平日の昼間だったが、またも男の姿はそこにあった。義父、義姉、妻、ケアマネ、ショート担当者そして男、6畳和室の座卓を囲み、密を避けられずに、どことなく酸素が薄く息苦しい中での話し合いとなった。その日も男は立膝をつき、時折資料をめくっては首をかしげる。途中、スマホを操作し、無言で外に出ては煙草をふかしていた。そして、時折口をはさむ「いいんじゃない?お義父さん」男の横には義姉が座り、その横にちょこんと妻が正座している。義姉が細かな点まで確認し話をする中、男は一言「いいんじゃない」とテーブルに肘をつき、斜に構えて発するのだった。(男は名乗るわけでもなく、姉妹のどちらの夫なのか分からなかったが、後にケアマネから義姉へ尋ねて判明する。)

 

ショート担当者から、「あの姉妹に比べ男はかなり年上に見える。平日の昼間に家にいるなんて仕事をしていないのではないか。何せ、人が話をしているときにスマホを触るなんて常識を疑う。何かあるぞ」なんて言われていることは、男は知る余地もないだろう。

 

義姉からケアマネへ相談の電話は頻回だった。家で見たい、やはり無理かもと揺れ動き、感情任せに妹へ電話するが、しまいには妹に着信拒否をされてしまった。

 

義父はショートステイへ預けることができたが、義姉の事情でショートステイを延長することになり、延長する日数分の薬を届けなければならない。妻は運転ができないため、男が運転する車で、義父のいる施設へ向かい、妻へ薬を持たせ、男は息子と車で待機した。

 

普段は義姉が主体で動いているが、姉妹の関係性悪化を危惧したケアマネから妻は質問を受ける。妻も大方自宅で見たいと義姉と同じ気持ちではあるが、「私一人ならいいけれど、夫や息子もいるし相談してからでないと、姉の言うようにはできません」と妻も男への気遣いを感じられる。男はケアマネと顔を合わせることもなく帰っていった。

 

ほどなくして、義姉よりケアマネへ薬を持ってきたか確認の電話がくる。その状況報告を受け義姉は言った。

「同居しようといったのは男なのに、家も探さないし。妹にも着信拒否されて、男に何か言われているのだと思う。男は私より11歳も年上なんです、それもあって上手く言えない。男から、父の死亡保険金は三等分しようと言われて、何を言うのかと。今言うことではないですよね?私にも家族があるし、いっそのこと精神科に入院中の母のことは妹に任せて、父のことは私がとはっきり分けてしまいたい。私が長女だからしっかりしないととは思うんです。でも、男が・・」

 

ショート担当者が感じた違和感、義姉がにじませていた男への不信感、妻のどことなく漂う悲壮感それらが「三等分しよう」という男の発言に集約されているようだった。